FC2ブログ

親子面談

日記
04 /30 2014
朝から雨が降っている。
妹がまたへんてこな格好をして出かけて行った。
私から見れば許容範囲ギリギリだが、あまり細かいことを言うと母の
口がとがるのでやめておいた。
もうすぐ妹の面談がある。
施設と保護者が支援方法を確認する為のもので5月と2月にある。
その案内が来たころから母の様子がおかしい。
行きたくないのだ。

体調が悪い、足が痛い、体がフラフラで歩けない…と聞いてないのに
ぐずぐず言いだした。
80を超えて今更親子面談というのも酷な話だ。
しかし「保護者」である以上責任があるし私は「保護者」ではない。
そうは言うものの、ここ2年は私も付添って出席している。
そのうち母は行けなくなるし私が代わらなければならないことは
分かっている。
でも、まだ母に自覚を持ってほしいのだ。丸投げしないでほしいのだ。
何もしないで生きていく方が楽という考えは持ってほしくないのだ。

今日は洗濯もできないとすたすたと階段を上り、布団に潜りに行って
しまった。
スポンサーサイト



殺し文句

日記
04 /29 2014
GWが始まった。
妹の施設はカレンダー通りなのだが不定期に休みが入ると混乱する。
朝5時頃、母と妹が寝ている隣の部屋から声が聞こえる。
「今日はお休み?」毎朝母のこの質問から始まる。
妹はこの辺りはしっかりしているので間違えることはない。
眠っているのに起こされてかわいそうだと思うが、実はこの話し声に私も気づいている。

母は妹の面倒を見ている自負が強く、この気持ちが認知症の進行を
抑えていると思う。
しかし、だんだんわからなくなっている自分がもどかしいのか妹に強く当たることがある。
歯磨きをした数分後に歯磨きをしろと言い、「もうしたよ」と答える妹に
「嘘つき!」と言い放ったりする。
私が「さっきしたよ~」と何気なく言っても母の気持ちは収まらない。
「何度だってすればいいの」「言うことを聞かない」と怒りを露わにする。
挙句に「おかあさん、もう死んだ方がいいね。」となぜか発展していく。
これは母の殺し文句だ。
妹は父が亡くなり「死ぬ」ことがいなくなることだとわかったので
「やだやだやだ。ごめんなさい。」と答える。
母は勝ったと思うのかやっと穏やかな顔に戻る。

季節感

日記
04 /26 2014
今日は土曜日だが妹が出かけるので母は支度を手伝っている。
そろそろ準備ができた頃見に行くと、4月も終わろうかと言うのに
妹はセーターを着ている。
おまけに寒いとかわいそうだからとコートまで用意している。

介護施設に勤めていた頃、何枚も下着を着ている高齢者を見てきた。
寒がりの高齢者は多いと思う。
しかし母の行為は単なる寒がりからきているだけではなく季節の感覚が
なくなっているところに大きな問題がある。
しかも困ったところはその感覚を周りにも押し付けることだ。
1階の和室は母の自室となっているがいつもエアコンがついていて温室のようだ。

母にもう5月が近いのだからセーターはおかしいよねと言った。
すぐに納得できる雰囲気ではなかったが一緒に着替えを手伝った。
プライドは大切にしたいがおかしいことはおかしいと伝えなければ。
否定せずにうまく説明しないと偉そうに命令すると言われる。
納得できなかったのか母は妹を見送らなかった。
なんとなく息苦しい。

介護太り

日記
04 /25 2014
父が突然他界してやむなく離職してから1年ちょっとになる。

「介護離職」と言っても、母は認知症ではあるが身の回りのことは
一通りできるし、入浴も排泄も今のところ自立していて何の問題も
ない。
以前の職場は残業が多く(あくまでも自主的に残っていると言うことに
なっていたけど)そのままでは続けられないと辞めてしまったのだ。
もちろん母の希望も強かった。

要介護2が今の母の状態。
短時間なら1人の留守番もできるだろうとは思うが、もし何かあったら
どうする。
通所もやめて2か月近くなるともう行く気がしないと言い出しているし
ヘルパーは信用できないと拒否がある。

そんなこんなで社会復帰から遠ざかってきたが、午後の2時3時に
ぼーっとしていることが性に合わないし社会から取り残されている気になる。
着るものも化粧もいい加減でひどいもんだ。
おまけのおまけに体重まで大きく躍進している。

今の今が心も体も岐路に立っている気がする。

車検

日記
04 /24 2014
母が口をとがらせている。不満がある時のポーズだ。
原因は車検。
父がおもちゃのように毎日愛用していた小型車。
乗り手がいなくなって当然のように家族で唯一免許を持つ私が乗ること
になった。
30年もペーパーだったしもともと運転は好きじゃない。
さらに鬼門は自宅のせまーい駐車場だ。
それでも何とか買い物やら通院やら墓参りやらに乗せて行っている。

「車なんか全然乗らないから要らないよね」…あなたはね。
「タクシーの方が安いよね」…タクシーが拾える広い道まで歩いてね。
「車検なんて高くて払うお金なんてない」…ないことはないですけどね。
文句ばっかり並べたので「わかった。車は処分しよう。」と決めた。
数分後、車検っていくらかかるの?からやり直し。
結局、今度は車検に出すことになった。
自分の意に沿わないときは口がとがる。
極度に不満がある時は下唇が恐ろしいほど突き出る。
私も一遍真似してやろうと思っている。

腹黒親子

日記
04 /23 2014
母が80歳の誕生日を迎えた。
「傘寿」である。
80なの?こんなにまで生きるとは思わなかった。と
大概の80歳を迎える高齢者と同じような感想を語った。

母は5人姉弟だがとりわけ勉強ができたのだそうだ。
叔父や伯母が口をそろえて言うのだから確かにそうなのだろう。
母は自分が疑問に思ったことは納得できるまでしつこく聞いてくる。
一生懸命説明しているのに何度も同じことを聞かれると答える方も
だんだん言い方がキツくなってくる。
あと1回で私がキレそうになった時、先に母がキレた。

「あんたの言い方、なんて根性悪いの。」「お母さんそっくりでしょ。」
この時は腹黒親子を実感してしまった。
母の嫌いなところはたくさんある。
しかし私の嫌なところはそんな母を許せない自分にある。
年寄りなんだからもう少し優しくしてやろうと思っても口からは嫌な
言い方が出てくる。
ま、今日は誕生日だしくれぐれも我慢しよう…と。

眠れる老婆

日記
04 /22 2014
朝、6時になると母と妹を起こしに行く。
妹はさっさと起きてくるが母はなかなか起きてこない。
それでも妹の送り出しは自分の仕事だからとやっとこ起きてくる。
この気持ちがなかったらきっと起きてこないんだろうと思う。

今日は「眠い」の訴えが強い。
「ねえ、どうしてこんなに眠いの?」の繰り返し攻撃が始まる。
「睡眠薬飲んでるんでしょ?」「しんどい…しんどい…」
亡霊のような活気のない表情だが具合が悪いわけではないらしい。
薬は飲んでないし眠気の理由も私にはわからないと都度都度答える。
「寝てようかな…」これが母の本音。
最近は子供よりもわかりやすい。
結局午前中2時間、昼食後また眠たいと午後3時間布団に入ってしまった。
夕食前に起きてきてしっかり食事して
「しんどいからお風呂やめとく」と言い残して夜8時に就寝。
いったい何時間起きていたんだ??
こんな生活いいわけない。
でも、もう好きなようにしたらいいと思って見守っている。

大食

日記
04 /21 2014
「認知症」原因の一つとして大食が挙げられている。

母は大食いではないが若い人と遜色なく食べる。
ただ間食は半端なく多い。
最近では1日の内に冷蔵庫のコーヒーゼリーが2個無くなったり。
聞いても食べていないと言う。しかも憤慨した様子で言う。
みかんやバナナ、おまんじゅうなど無くなるものはきりがない。
聞いても必ず食べていないと言うのはわかっているから聞かない。
それを食べても食事ができるのだから大食なのかもしれない。

母は70歳を超えたころから円背になり身長は10㎝以上縮んでいる。
骨粗鬆症があり体重は10㎏近く減っている。
しかし食べる量はむしろ多くなっているように思う。
食べたことがしっかり記憶に残らなくなったのはいつからだったのか。
今思うとそのころから「認知症」は始まっていたのかもしれない。
おいしいおいしいと食べている姿を見ると、まいっかとも思う。

妹の将来

日記
04 /20 2014
妹は通所施設で最年長となっている。
同世代の仲間はすでにほとんどが施設に入所している。
兄弟に迷惑をかけたくないからと早くても入所に踏み切るそうだ。
父は施設に通わせながらできるだけ長く自宅で一緒に暮らしたいと
言っていた。
区役所の障害者担当に相談したら、以前何件か入所を勧めたが
すべて断ったと言い反応は冷たい。

父は妹の将来について私には何も話さなかった。
まさかあっという間に死んでしまうなどとは思わなかったのだろうが。
母は自分が面倒を見るから入所はさせたくないと言う。
そんなことは無理だ。できるわけがない。
私もどうなるかわからないのに妹の最後まで引き受けるわけにはいかない。

妹のためでもあるからと母を説得し入所の方向に向かうことにした。
母はこんなひどい目に合うとは思わなかったと私を罵倒した。

わだかまり

日記
04 /20 2014
私には母に対するわだかまりがある。
父が亡くなりしかたなく離職してしまったが、学校を卒業してからずっと
結婚してからもいろいろな仕事に就いていた。
最後の4年は介護職で介護福祉士の資格も取った。
これからも社会と繋がりながら自立していくつもりだった。

「あんたは働かずに暮らせて結構やね」母が言った。
仕事を辞めたのは母の希望でもあったがそれも忘れてしまったのか。
母が一生懸命貯めたお金で楽ができるのだから感謝しろと言うのだ。
お金さえあれば幸せに生きていけると断言する。

そうだろうか。
今の私はいったい誰のために生きているのかと考えることがある。
母の押しつけがましい考え方には抵抗がある。
お金はなくても自由がある生活の方が幸せなんじゃないかと
思っている。
それは、母のこれからを考えるとますます手の届かない夢であることもわかっている。

uncha

認知症の母を見守りながら生きています